始末屋 妖幻堂
第十九章
 長の家で朝餉をいただき、挨拶を済ませてから、千之助は樫の大木に向かった。

『あの娘っ子、よっぽど旦さんに恋い焦がれたんだねぇ』

 村落から離れてから足元に現れた狐姫が、千之助と一緒に歩きながら言う。

『ずっと見送ってたじゃないか。何か、追っかけてきそうな勢いだったよ?』

 何か含んだように言いながら、狐姫は千之助を見上げる。
 そんな狐姫を、千之助は抱き上げた。

「太夫ともあろう者が、いつまでも鄙娘に嫉妬するなんて情けないぜ。俺っちの心にいるのぁ、お前さんだけだってわかってるだろ。冴にだって、俺っちにゃ色がいるって、ちゃんと言ったぜ?」

 抱き上げた狐姫の、ふかふかの毛皮に、千之助は頬ずりする。
 何となく、狐姫が狐の姿のほうが、千之助は彼女にじゃれるような。

『うふふふ。ま、そうだよね。何だかんだ言っても、ずっと旦さんとあるのは、あちきだもんねぇ』

 満足そうに言い、狐姫はひょいと千之助の肩に乗った。
 襟巻きのように、千之助の首の周りに蹲る。

『ところで旦さん。あの男、ほんとに連れて帰るんかい? そもそも旦さんだって、普通に歩って帰るわけじゃないだろ? どうすんだい?』

「・・・・・・代価と一緒に、その辺りもどうにかするさ。とにかくあいつぁ、大事な鍵だ。おめおめ博徒なんぞに殺られてたまるかい」

 にやりと不敵に笑う千之助に、狐姫はごろごろと甘えるように擦り付いた。

『もう旦さん、格好良いんだから。毎日毎日惚れ直すよっ』

「あの狐姫太夫にそこまで言わすたぁ、俺っちも捨てたもんじゃないねぇ」
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