執着王子と聖なる姫
笑顔が際立つように、襟足の短い前下がりのボブにした。腰まで届きそうなほどに長かったブロンドを切るのは少し勿体ない気もしたけれど、そこはプロの腕の見せ所というやつだ。見事にレベッカに似合うように仕上げ、おまけにメイクまで施した。やった本人も、自画自賛したくなるほど大満足だ。

「ありがとう、アキ」
「お安いご用さ。何たって俺は、JAGのトップアーティストだからね」

唇を重ねると、塗ったばかりのグロスがべったりとまとわりつく。それを指先で拭いながら、メーシーは鏡越しのレベッカに問う。

「LA、一緒に行く?たまには里帰りもいいんじゃない?」

その問いに曖昧な笑みを見せたレベッカは、立ち上がってメーシーの胸の中へ飛び込んだ。

「ママは行方不明。パパには会ったことも無い」
「じゃあ…」
「ママはパパの愛人だったの。ママが行方不明になってグランマの所へ来たけど、私がこんなだからグランマも怖がってた。だから、高校を卒業してから一人暮らし」

所謂、不幸な生い立ちというやつだ。けれどレベッカ自身は、そんな自分を不幸だと思ったことは一度もなかった。

「アキが前にマナに言ってたでしょ?マナの瞳は、アキとマリコの子供の証だって」
「あぁ…言ったかな」

曖昧に笑うメーシーに「言ったよ」と笑い、レベッカは言葉を続ける。

「私の瞳も、パパとママの子供だって証。だから、これを嫌だと思ったことは一度も無いよ」
「強いね、君は」

抱き締める腕に、自然と力が入る。それを感じながら、レベッカはメーシーを見上げた。

「アキがパパだったらいいのに」
「ダメ。そしたらこんなこと出来ない」

何度目かになるレベッカの唇に、メーシーは完全に溺れていた。

レベッカに対して、浮ついた心があったわけではない。正直に言えば、少しの間それなりに相手をすれば、諦めるだろうと思っていた。

自問自答するまでもなく、マリを、家族を愛している。
周りから見てもそれが十分にわかるように振る舞ってきたつもりでいる。

「いいの?俺が愛してるのは麻理子だよ?」

眉尻を下げて問うメーシーに、レベッカはにっこりと笑って答えた。


「私はアキしか選ばない。でも、私を選んでほしいとは思わない。マナは私のfriendだから」


どれ程の痛みを抱えてその言葉を選んだのか、どれ程の痛みを抱えて笑顔を作るのか、与えられる側のメーシーにはわからない。

けれど一つだけわかることは、出会った当初の愛斗がそうだったように、自分もレベッカに惹かれているということ。それは、決して逃れられないということ。

レベッカを抱き締めながら、メーシーは「参ったなぁ…」と呟いた。
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