レミリアの一夜物語
エンは5年、さまよい歩いた。
闇はエンと共にあり、何も見えない、感じない怖さをエンに与え続けていた。
それでも、不思議と孤独は感じなかった。
時折、胸に空いた穴をふさぐように満たされる感覚があった。
今までずっと仕舞い込んでいた名前を口にするたびその存在を隣に感じた。
お互い、呼びあってるのだとエンは確信していた。
そして、呼びあうことで今までよりはるかに早くコウのいる場所に近づいていくような感覚がした。
なのに、なぜかコウの存在を示す手がかりが見つからなかった。
光や、太陽を象徴する存在の噂を。
それでもエンはただ呼ばれていると感じた場所に足を向けた。
日中は人を焼き、夜は人をどこかへさらっていく砂漠も、エンには無意味だった。
エンは暗闇であり、ただそうあるだけのものに影響されない。
エンが間近に感じるのは揺れ動くものだ。
砂漠のようにただその性質だけで害を与えるものに関しては、エンは最強ともいえる。
エンが小さなオアシスに足を踏み入れたとき、まず錯覚を起こした。
小さな人の子供がエンを迎えた。
その子供の持つ光はコウそのもののようで、しかしコウではない。
その子供がエンに微笑みかけた。美しい顔立ちで、その笑みにはすべてを包み込むような優しさがあった。
「こんにちは、お姉ちゃん」
子供は鋭い。
どんなにエンが男のように振る舞っても子供はそれを見抜いてしまう。
エンが戸惑っていると、その子供は追い打ちをかけるようにまた言葉を紡いだ。
「待ってたよ」
その子供は無邪気に笑って、エンの手を握った。
エンは自分が抱えていた闇をその子供が奪ってしまったことを感じた。
まだ、5歳にも満たないようなその子供が。
「オシリス」
鈴として、しかし柔らかさのある女性の声が聞こえた。
「母様っ」
エンのことなど忘れてしまったかのようにその子供はきびすを返してぽてぽてと走り出した。
その先には空色の髪を長く伸ばした女性がいて、駆けてきた子供を抱き上げた。
その女性とエンの視線が交差する。
真昼の髪を持つその女性は、二つの夕陽の瞳を微笑むように細めた。
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