毬亜【マリア】―信長の寵愛姫―
 ピリピリとした空気が、漂う。

 戦に出かけたはずの夫が、女づれで戻ってきたのだ。笑顔で「おかえりなさい」なんて言えるはずもない。

 私だったら、言えない。

 浮気しているのを目にしただけで、聖の家を飛び出してしまうような私だ。

 濃姫のように、堂々と立って質問などできない。

「子を産ませるために連れてきた女なら、少々、年がいっておるように見えますが?」

「儂の子を産ませるために連れてきたわけじゃない」

「では何のためか?」

 濃姫の黒い瞳が、私を捉えた。

「戦に勝つためだ」

「戦に女の手が必要か?」

「いつだって、女の手は必要だ。だから儂はお濃と結婚したのだ」

 濃姫は確か、斉藤道三の娘だった。
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