一億よりも、一秒よりも。
恋に落ちた瞬間、その刹那、ほんの些細な時間。
それを知らしめてくれるものは何もなく、ただ気づかねば遠くにしまわれてしまう。
気づけたらまた違ったのだろうか。わかっていれば、今日という日はまだ来なかっただろうか。
 
そんなこと、わかる筈がない。たらればなんて、考えても仕方がない無駄なことだ。
 

溜め息を零し、発泡水を流し込む。食道を滑り、胃に落ち、体温を下げる。
 
オーディをが吐き出す曲が変わった。レット・イット・ビー。


「ああ、そうか」
 
静かにメロディの流れる部屋に、声が溶ける。

「キョウだからだ」
 
温くなり始めた発泡水が零れた。手に持ったままだった菜の花に落ちる。
やがてそれは発泡水なのか涙なのかわからなくなって、俺はソファに同化して目を閉じた。
 
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