私の片想い事情 【完】
「今の主人、もう長くないのよ。まだ51なのに末期がん。色んな臓器に転移していて、助かる見込みはゼロよ。彼と私の間には子供がいないの、つまり跡取りがいないのよ。体型が崩れるし、子供なんてもう欲しくなかったから彼との間には子供を作らなかったけど、まさか今になってこんな問題が出てくるとは思わなかったわ」
隼人は黙って聞いている。唇が微かに震え、懸命に怒りを我慢しているようだった。
「頭の良いあなただから予想がついているでしょ?彼の跡を継ぐ息子が必要なの」
そう言って、一冊の「佐野重機工業」と書かれた会社概要を隼人に差し出した。
「聞いたことあるでしょう?私の夫はこの会社の代表取締役社長よ」
佐野重機工業と言えば、高速道路建設や空港など公共土木事業では必ず名前が上がる会社だ。
「それがどうした?俺にそんなもんの跡を継げるわけないだろう?俺はまだ学生だ。それに今時世襲制なんてありえねぇ」
「そんなことどうでもいいのよ。仕事は今から覚えればいいことだわ。それに、夫の株式を相続することで、あなたが次の代表取締役に一番近くなる。夫のうざったらしい親戚をけん制するにはもってこいだと思わない?」
綾子さんは、平然とひどいことを言う。
私には理解できなかった。
子育てを放棄したとはいえ、お腹を痛めて産んだ子供をここまで物扱いする彼女が。
隼人が殺気立ってくるのが横にいてビンビン伝わってくる。
「帰れ。そして二度と俺の前に姿を現すな」
地を這うような隼人の声が響き渡り、給仕するウェイターもその声にビクンと反応する。