理想の瞳を持つオトコ ~side·彩~
「待たせてしもて、ゴメンな」

運転席に乗り込むなり、イッセイはそう謝ってくれて、手を繋ぐ為の左手を差し出してきたけれど…

窓の外を見て、気づかないフリをしながら…

「ううん、しょうがないよ。
ファンは大事にしないとね」

目元に滲んだ涙を悟られないように、笑顔を作ってから、顔を向ける。


そんな私の作り笑いなんて、イッセイはお見通しだったみたいで…

哀れんでいるのか、アソビの関係を勘違いして深みにハマらないように牽制したのか…

クシャクシャと、まるで子供をたしなめるように私の頭を撫でて、車を発進させた。



「狂言なんてモノはな、必ずしも必要なものやない。
一生、観なくたって困る訳やないしな。

せやからこそ、ファンには真摯に向き合うべきやと思うし…
どんな形であれ、興味を持って欲しいと思う。

特に俺は…
どんなに狂言が好きで、一生懸命に打ち込んだかて…
オヤジや兄貴みたいに、絶対に狂言を続けるべき立場の人間と違おて…

必要とされなくなったら、淘汰される側おるからな…

これでも必死やねん」

明るく振る舞ってはいるけれど、イッセイのセツナそうな表情から、複雑な立場とその胸中が伝わってくる。


何もかもが順風満帆で、自信に満ち溢れているように見えるイッセイみたいな人でも、不安を抱えているなんて考えもしなかった。

「…ねぇ、イッセイ。

生意気な言い方かもしれないけど…

お父さんや、お兄さんが、
『狂言を続けるべき存在』
なんだとしたら…

きっとイッセイは、
『狂言を楽しむべき存在』
なんじゃない?

だって、あんなに舞台で輝いていたもん」

そう…

眩しくて目を細めたくなる程に、キラキラ輝いていたイッセイ。


狂言が好きで、好きで堪らないって気持ちが、溢れ出ていたのに…

そんな彼が、淘汰されるなんてコト、あっちゃいけない。


そう考えたら、右目から涙が一粒零れて、慌てて拭う。


「…せやなぁ。
うん、おおきに」

そう言ったイッセイは、穏やかな笑顔で…

そっと左手を伸ばし、離れていた私の手を握った。

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