理想の瞳を持つオトコ ~side·彩~
「川床って知っとる?
もう行った?」

車を走らせながら尋ねるイッセイに…

「知ってるよ。
ガイドブックで見ただけだけど。

確か…
毎年夏場に、二条から五条までの鴨川沿いに立つ飲食店が、堤防に木組みの床を設置するんだよね?

鴨川を見ながら、オープンエアで食事が楽しめるのがウリだって書いてあった」

頭の中で記憶を探りながら、そう答えると…

「御名答」

と、笑顔で頷いたイッセイは…

「今日は、鴨川沿いとは違うトコやけどな」

と、付け足す。


「他にもあるの?」

「うん、あるけど、それはまぁ…
着いてからのお楽しみっちゅうコトで。

実は鴨川沿いはな…
先斗町に歌舞練場いうのんがあってな、仕事から離れられへんっていうのもあるけど…

『子供の頃を思い出してしまうよって止めとこ』
て、兄貴が言うてなぁ」

苦笑いするイッセイに…

「子供の頃?」

と、首を傾げると…

「せや。

狂言はな…
屋外でもマイク使わんと、自分の声だけで伝えるんや。

『その為には、小さい頃からの稽古が必要や』
いう、オヤジの考えに従うて…
鴨川を挟んで、堤防に『オヤジ対俺ら兄弟』いう構図を作ってな。

ほうしたら、川の向こうからオヤジが、一区切りごとにセリフを言わはるから、それを反対岸から口マネするんやけど…

『声が小さい』に始まり、姿勢、抑揚まで注意されるし…

子供やから大声出すのに気を取られてしもうて、棒読みになって怒られる。

怒られて泣くと、そのコトを今度は叱られてしもて、頭はもうパニックや!

その頃を思い出すってコト」

私には知り得ない、笹森家だからこその経験。


なんて言葉をかければいいか分からなくて、繋がれた手をギュッと握ると…

イッセイもギュッと握り返し…

自分の唇に私の手の甲を口づけた。


それから…

「子供の頃の話や。
今はもう、稽古で泣いたりせぇへんしな。

いや、むしろ…
違う場所でなら、鳴かす側になったというか…
なぁ?」

ニヤリと笑うイッセイ。

「おばか」

せっかくマジメに聞いてたのに。


恨みがましい目線を向けると…

「どうせ、今夜も鳴いてしまうくせに」

イッセイは、気にする様子もなく、ケラケラと笑っていた。
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