女の隙間、男の作為
「マイコって呼んだら嬉しそうに声出すから、これはもう呼んでいいってことなのかと思って」

「思わないで!あたしは下の名前を呼ばれるのが嫌いなの!」

「嘘だね」

“嬉しそうに俺のキスに応えてたよ。マイコ、すんごい可愛かった”

いつの間にか距離を詰めていた松岡は上半身裸のままベッドの上でフリーズするあたしを横から抱き締めて剥きだしの耳に直接声を落とした。

「なっ!」

反撃をするより先に耳に舌が這い、ぴちゃぴちゃとわざと音を立てて丹念に舐められた。
これは耳ちゅーなんてレベルじゃないほどリアルな“前戯”だ。

「思い出した?こうやって舐めたら嬉しそうに俺に身体寄せてきたよ」

嘘だ嘘だ嘘だ。
(でもものすごく気持ちいいのも事実)

“マイ”
その超絶セクシーな音を聞き取った途端、あたしの理性がようやく戻ってきた。
その二文字は幾重にもロックを掛けて封印した過去の遺産だ。

「離して」

我ながらとても冷静で冷酷な声だったと思う。
ヒステリックに叫ぶよりこういう声のほうが男の気を萎えさせると経験上知っているからこそこの選択をする。

予想通り全ての動きを止めた男。
その隙を逃さず男の腕から逃れる。

「迷惑かけたのは謝るし、介抱してくれたことには御礼を言うし、その他諸々のことは自分の落ち度だと諦める」

“ごめんなさい。ありがとう”

オフィスで見せるような一礼をしてから“お帰りはあちらでございます”と玄関を指差す。

「マイコ…」

「次にあたしを下の名前で呼んだら殺すわよ」

「わかったわかった。カノちゃん、帰るにしても上半身裸じゃ職質されるでしょ」

そういえばそうか。
というよりいいかげん自分もきちんと服を着るべきだと気づいた。
ほぼ半裸なのはお互い様だ。
セックスしたわけでもないのに中途半端な格好をした男と女が土曜の昼下がりに口論とかちょっと笑える。
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