女の隙間、男の作為
上機嫌の取引先と泥酔した部長をタクシーに詰め込む汚れ仕事を松岡に押し付けて、自分はトイレで顔面の修復作業をしていた。
まぁまぁの出来上がり(そもそも土台のポテンシャルが低いことが問題である)になったところで、予想通りというべきなのか何のなのかそこには松岡が腕を組んで立っていた。
「なぁに。男子トイレも満員?」
「わかってて言う?」
あーぁ、めんどくさい。
「どうでもいいや。お開きなったしあたしも帰るわ」
言葉もなしに掴まれた腕は30%くらいは予想していたから驚きは薄いけれど、その力の強さは残りの70%の方だった。
痛いとは言わないけれど、簡単に解けるとも思えない。
「離してってわざわざ言わなきゃダメ?」
「いいかげん応えてくれないの?」
“これだけ真摯に口説いているのに”
あぁ、なんて嘘くさい笑顔だろう。
きっとこれは営業職だからとかそういうことではなく、“才能”だろう。
容姿の使い方を120%理解している人間の見せるその表情にアルコールとは別のむかつきを覚える。
どうしてその貴重な才能をあたしに使うの?
それを待っている女の子は他にいくらでもいるでしょうが。
「あんたがいくらすきだの何だの言っても嘘くさいし、本気だとは最初から思ってない」
言うねぇと答えるその表情に変わりはなく、だからこそ自分の考えが正しいと確信する。
誰かに想いを告げる人間がこんな表情を見せるわけがない。
信じてしまいそうな表情。
“俺は全力で邪魔するよ”
たとえば、そう。
静かな憤りと覚悟を秘めたような。
“あんたの目的はいったい何なの?”
それを口にしようとした刹那に99%予想外の負荷が唇に加わった。
「!?」
一方的に押しつけられたその弾力を受け入れる意志はゼロどころかマイナスに振れている。
安っぽいドラマのヒロインに成り下がるのなんて御免だ。
あたしはずっとそれを避けてきたのに。