シンデレラに玻璃の星冠をⅡ
「せりの心がお前の否定的な言葉に反発したかったのなら、さっきの…お前の肯定的な言葉で、せりの記憶は戻っていただろう。
待っていましたとばかりに。お前の見立てどおり」
僕は床にしゃがみ込んでしまった。
「それがないのは――
せりが、紫堂櫂の記憶の蘇生を望んでいないから。
12年間の記憶が戻るのを…望んではいないんだ。
その重み故に…紫堂櫂の死の場面の衝撃が強烈過ぎたんだな。
せりの12年間の心は、紫堂櫂が死んだ瞬間で終焉を迎えた。
紫堂櫂を大事に思えば思う程、せりの自己防衛はあのショックを再発させまいと、紫堂櫂の影を遠ざける。
無理に戻そうとすれば、せりの身体の何処かにきっと歪(ひず)みがくる。
心が壊れるに至らなくても、身体的にダメージを食らうだろう。
それでもせりが思い出したいと強く望まぬ限り、紫堂櫂の記憶は戻らない」」
だったら――…。
「だったら、俺は…
忘れられたままなのかよ!!!?」
櫂の慟哭が…響いて、空気が一段と薄くなる。
「俺は!!! 好き好んで"死"を選んだわけじゃないッッ!!! こんな…こんな結果になるのなら!!!
俺は――…
生き返らなければよかったッッ!!!」
ドガッ!!!
久遠の拳が櫂の頬に入り、吹き飛ばされた櫂の身体が椅子にぶつかった。
「櫂様!!!?」
桜が櫂を抱きとめる。
久遠は…真っ赤な色の瞳で叫ぶ。
「生きたくても…生きられない奴だっているんだ!!!
生き返れても、呪縛されている奴もいるんだッッッ!!!
何処でも生ける自由な身の上で、生き返れた奇跡を――軽んじるなッッッ!!!」
「だったら――
どうすればいいんだよ、俺はッッッ!!!!」
激情の応酬。
僕の目から…涙が頬に伝い落ちた。
芹霞の記憶が戻るという前提の僕の裏切りは、
芹霞の記憶は戻らないという確固たる現実によって、
消せぬ咎の烙印を刻まれた。
やはり――…
どう考えても…。
僕は、櫂の存在を否定してはいけなかったんだ。
その思いだけが大きくなる。
例えそれで芹霞の心が壊れようと――
芹霞の真実の心は、それを望んでいたように思えるんだ。
僕なら。
僕なら、僕自身どうなろうとも…
想いを貫き通したい。
ああ、それに今気づくなんて…。
芹霞が選んだ者を忘れさせることで、芹霞に笑顔を戻しかったというのは、芹霞に選ばれなかったものの体のいい言い訳にしか過ぎない。
櫂を忘れることなど、きっと芹霞は望んでいなかった。
あんなに、あんなに…
櫂を慈しんでいた12年間。
それが愛に変わったあの瞬間。
芹霞の真なる心は、
忘れることなんて望んではいない。