描かれた夏風
 水瀬君は不思議そうに首を傾げた。

「わかったけど、これは誰の絵?」

「アスカ先輩だよ。私が憧れたアスカ先輩の絵」

 去年の夏に一度見せてもらったことがある、アスカ先輩の描いた絵だ。

 それはなんてことのない学校の景色。生徒みんなが楽しそうに笑っている。

「見ている人の心を明るくする絵が描きたいって言っていたの。そんなアスカ先輩を、私は心の底から尊敬してた。だからね――また思い出してほしいって思うんだ」

 アスカ先輩の絵に救われた人がいること。憧れた人がいること。

 誰のために絵を描きたいと思ったのか。何のために絵を描くのか。

 思い出してほしい。そしてまた、もと通りのアスカ先輩に戻ってほしい。

「わかった。望みはそれで、いいな」

「うん、お願い。この絵を私の絵と交換して」

 水瀬君は絵を持ったまま部屋を出て行った。

 今から講堂に行くのだろう。

 私も水瀬君の後を追って廊下に出る。

「任務、完了っ」

 こちらを向いて立っていた水瀬君は、明るく爽やかに笑った。

 その手にあったはずの絵は、すでに跡形もない。
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