描かれた夏風
「慰謝料は払ってもらうからな……と、意外に可愛いじゃねーか、お前」

「へ?」

 私が間抜けな声をあげたとき、背後から助けの言葉が降り注いだ。

「松本君、何をしてるのかな。受験をひかえているのに余裕そうだねー」

 聞いているとどこか気が抜けるような口調に、胸が一杯になる。

 私は嬉しさを表情に溢れさせて振り返った。

 智先輩が購買のパンを手に持ち、いつもみたいに穏やかな微笑みを浮かべて立っている。

 どこか冷たいものをはらんだ視線は、私ではなくその向こうを見据えていた。

「俺は松本じゃなくて松川だ」

「ああ、松本君そういえば推薦組だっけ? いいのかなー、こんなところで下級生の女の子に絡んだりして」

 智先輩の脅しに、松川君は舌打ちして応えた。

「この女がぶつかってきたんだ。何なんだよ、お前には関係ないだろ」

「関係あるよ。この子は僕の彼女だから」

 間髪入れない智先輩の返事に、私は目をまん丸くする。

(えええーっ!)

 驚愕のあまり声すら出なかった。

 口を開いても、出てくるのは空気だけだ。
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