描かれた夏風
(い、今、彼女って言った?)

 混乱を極める私をよそに、智先輩は脅し文句を継ぐ。

「僕もこの子に危害が及ぶようなら真剣にならざるをえないから……早く行った方が賢明だよ?」

「何だと!」

「松本君もせっかくの推薦内定、不祥事起こして取り消されたら大変だしね」

「すまんかった! じゃあまたな!」

 内定取り消しという単語を耳にして、松川君は慌てふためき逃げ出した。

 どうも頭の回転が遅いようで、気の利いた捨て台詞すら残せないらしい。

 智先輩は松川君が去っていく背中を見つめて、独り言のようにつぶやいた。

「――彼、焦ってイラついているみたいだね。噂ではさ、本当に行きたい志望校を諦めたんだって」

 松川君は成績が落ちて志望校に合格できるか怪しかったらしい。

 だから部活の実績を利用して、推薦で安全に進路を決めたそうだ。

「そう、なんですか。妥協……したんですね」

 私の相槌に、智先輩は薄く笑った。

「うん。でも自分の選択に後悔しちゃダメだね。ましてや自分自身にイラついて後輩に八つ当たりしてるようじゃ、駄目だ」

 意志を貫くも貫かないも自由だと思うけどね、と智先輩は言った。
< 52 / 134 >

この作品をシェア

pagetop