ルージュはキスのあとで



『ねぇ、そこに真美さんいるんだろう?』

『……』

『かわって』

『……』



 返事をしない長谷部さん。
 進くんはため息をついて大声で叫んだ。


『真美さん。君と話しがしたい』



 出る必要はない、と首を振る長谷部さん。
 だけど、ここで私がでないわけにはいかない。

 私は長谷部さんに手を差し出した。



「子機、貸してください」

「真美」

「いいから、貸してください」

「……」



 まだ渋る長谷部さんの手から子機を奪い、スピーカーのボタンをオフにする。
 そのことに眉を顰める長谷部さんだったけど、大丈夫です、と私は微笑んだ。


『真美です』



 電話に出た途端、進くんは本性を現した。

 さきほどから感じていたけど、いつもは『僕』と言っていた気がするのに、今は『俺』。

 言葉の端々に関しても、柔らかさとはかけ離れた感じだし。

 本当に猫を被っていたというのがわかる。



『真美さん。俺は謝らないからね』

『……いや、普通に謝っておきましょうよ? さすがにこれ以上長谷部さん怒らせるのは得策ではない気がしますよ?』



 それは進くんも感じたのだろう。少しの間、無言にはなったが、やっぱり謝罪の言葉は出てこなかった。

 

『俺はね。たぶん、どんな女でも京が選んだ女は気に入らないと思う』

『……進くん。性格歪んでいるよ? ついでに猫かぶりだったわけですね』

『フン、なんとでもいえ。騙されるヤツが悪いんだよ』

『……歪んでる』



 あまりの歪みっぷりに、もう笑うしかない状態だ。



『やっぱり、初めてアンタに会ったとき。メイク講座をやめるように勧めるべきだったな』

『私は、感謝してますけど?』

『フン』



 鼻で笑った進くんだったが、私は感謝してる。
 本当に心からそう思っている。


 あのとき進くんが背中を押してくれてなかったら。
 長谷部さんに話しておいてくれなかったら……今の私はいないと思うから。




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