それでも君を
七時過ぎ頃に仕事を終わらし、会社を出た。
ナオからなんかあったらすぐ行くからというメールが来たが返事はしなかった。
これは私一人でケリつけないと意味がない気がしたから。いくらなんでもナオにそこまで甘えるわけにはいかないのだ。
電車に乗っていると携帯が鳴った。
ディスプレイにはヤスくんと表示されている。
「はい。」
「もしもしユリ?もうすぐ着くよ。」
「そう、私もいま電車の中。
先着いたら中入っててね。」
「うん、じゃあまたあとで。」
なるべく素っ気なく話したつもりだったんだけどヤスくんは気付いただろうか。
《次はー‥》
アナウンスが私の家の最寄り駅を話す。
吊り革を握っていた手に少し力が入る。
扉が開いた瞬間足早に電車を降りた。
改札を出るとユリと名前を呼ばれた。
左側を見ると大きなトランクを持ったヤスくんの姿があった。
「‥ヤスくん。」
久しぶりに見るヤスくんは少し老けて見えたが以前よりも色っぽくなったような気がした。髭がよく似合うはっきりとした顔立ちにがっちりした筋肉質な身体。笑うときにできる目尻のシワがすごく好きだったんだっけ。
「久しぶり、大人っぽくなったな。」
今朝のナオと同じように頭に手をのせる。少し胸がなったがなんだか虚しい気持ちになった。気持ちのこもってない手で体に触れられるのってわかるんだ。
あの頃は全然気付かなかったけどさ。
恋は盲目って本当だったんだなあ。
「そりゃあもう25だからね。」
「そういうことじゃなくてさ、綺麗になったな。」
正直嬉しくないと言えば嘘になる。
ときめかないと言えば嘘になる。
だけど私の決心は揺るがなかった。
「ねえ、話があるの。
そこのカフェ入らない?ヤスくん好きだったんだでしょ。」
二人でよく行ったカフェ。
そこの出すコーヒーをヤスくんはとても気に入っていた。
店員さんにおしどり夫婦ですねなんて言われて苦笑いしたこともあったっけ。
「うんいいよ。あそこのコーヒーうまいだよなぁ。」
そうして私たちはカフェに入った。