弾かないピアノ
「前々からおかしいと思ってたけど。君、俺のピアノを聴いて、うっとりしてるわけじゃなさそうだね」
「――」
「珍しい」
彼の指が、恥ずかしさで顔をあげられない私のあご先に伸びる。
そしてその指先は、あごからゆっくりと移動し、耳に触れる。
「俺のピアノを聴いてるのに、雰囲気に酔わされない女なんているんだ」
彼は気を悪くすることもなく、どこか楽しそうだった。
「――」
彼が何かをささやいた。