いきなり王子様
「で、美散の事だけど」
低い声で、話を続ける井上社長に、私は姿勢を正すように体を向けた。
どこか言いづらそうな雰囲気が隠せない様子に不安を感じるけれど、今まさに竜也のことを信じられると思った私は、ほんの少しだけ強い気持ちで続きの言葉を待った。
「俺と美散の父親は、元々は町工場の社長だったんだ。
その工場でしか作っていないネジやら金属金具を抱えていて、かなり評判も業績も良かった。俺も、工場に顔を出す度に職人さんたちが誇りに満ちた顔で仕事をしている様子を見ながら、幸せな気持ちになったもんだけど」
「だけど?」
暗い表情になった井上社長は、小さく舌打ちをした。
「たまたま営業で工場に立ち寄った証券マンに薦められた株がやたら値を上げたんだ。初めて手を出した株だから、不安も多かったのか買った株数は少なかったんだけど、ビギナーズラックってやつ?
工場で地道に稼ぐことしか知らなかった親父にはかなりの衝撃でさ。
そこからが親父の株人生の始まりだ」
「株人生……」
「そう。工場の仕事は社員に任せて自分は慣れないパソコンで株価のチェックばかり。もともと株の才能と運があったんだろうな。
買う株買う株全てが値を上げていったんだ」
まるでそれを憎むかのように、井上社長は顔を歪めた。
買った株が全て値を上げていったのなら、それは儲けが出たってことで、喜ぶべき事だと思うけれど。
喜ぶというよりも、後悔、諦め?
目の前の井上社長からは、そんな感情しか見えない。
「親父は、証券マンに相談しながらも、自分の勘を頼りに株式や投資信託、外国の国債にまで手を出して。それもまた大当たりで」
井上社長が口にした、当時お父さんが購入したという幾つかの株式の銘柄を聞くと。
以前急激に値を上げた優良株も含まれていた。
遺伝子関連の銘柄で、ストップ高となった話題の株式だ。
「大儲け、ですね」
思わず呟いた言葉に、『羨ましい』という思いが混じったのは、許してもらおう。
なんせ私は平凡な会社員。
手取りなんてたかが知れているんだし。
株式で大儲けなんて、夢のまた夢だ。