いきなり王子様
* * *
「じゃ、ヤスによろしくな」
「うん。またゆっくり食べにきてよ。待ってるから。
奈々ちゃんも絶対来てねー。メールもちょうだいね」
車に乗り込んだ私と竜也を見送ってくれる美散さんに助手席から手を振っていると、ゆっくりと車は走りだした。
次第に小さくなっていく美散さんの姿はサイドミラーからも消えて、右折と同時に見えなくなった。
そして、後ろに体を向けていた私は、助手席に座りなおしてほっと一息つく。
「美散さん、サバサバしていて優しい、元気な人だね」
私が何気なく呟いた言葉に、竜也はくっと笑い声をあげると。
「サバサバしていてうるさい、手のかかる女だ」
言葉とは裏腹な、それを楽しんでいるような口調でそう答えた。
美散さんだけではなく、彼女の旦那様のヤスさんとも親しい竜也は、お店にいる間ずっと楽しそうに、それでいてそれを敢えて伝えようともせず、その空間が与えてくれる居心地の良さにただ浸っていた。
向かい側の席に座り、その様子を肌で感じていた私は、入社以来さほど深い付き合いをしていなかったとはいえ、一応の同期。
それなりに竜也に対するイメージはあったというのに、私の中にあった幾つかの竜也のイメージは、今日の彼を連想させるものなんて何もなかった、と気づく。
「手のかかる女か……」
流れる景色を眺める私の口からこぼれる言葉はどこかため息まじり。
「ん?なんだ?」
ハンドルを握る竜也は、そんな私の声に違和感を感じたのか、不安げ。
「ううん……手のかかる女って、かわいいよね」
小さく呟いた私の声が、竜也に届いたのかどうかわからないけれど、それ以上竜也はその事に触れることはなかった。
そして、それは私も同じで。
美散さんの事を考えているに違いない竜也の横顔をちらりと見遣りながら思う。
遠距離どころか近距離であったとしても、竜也と私の恋愛はうまくいかない。
そう思うと同時に体に溢れる寂しさと痛みは、予想外のものだったけれど。