いきなり王子様

「そこまででいいよ。もう遅いし、回り道なんかしないで帰って」

「暗い夜道を一人で帰せるわけないだろ?いいからさっさと家まで案内しろ」

軽い舌打ちをしながら、ため息交じりに落とされる声からは、本気で不機嫌だなとわかる。

どちらかと言えば自分の感情をフラットに保ちながら人と付き合っている印象が強い甲野くんが、こうまで生々しい感情を浮かべているなんて意外だ。

「ねえ、甲野くんを怒らせるような事、したっけ?」

恐る恐るそう尋ねると、その横顔がぎゅっと引き締まって、更に不機嫌度が上がったように見えた。

やっぱり、私のせいで怒ってるようだけど、何がきっかけなのかよくわからない。

「えっと……途中で運転変わってあげればよかった?
でも私、ペーパーだし。それとも疲れてお腹がすいたとか?」

少しでも車内の空気が良くなるかなと考えて、たどたどしくも一生懸命言葉をかけたけれど

「別に。運転は好きだから気にするな。それに、美散の店であれだけ食べればお腹がすくなんてないだろ」

あっさりと私の言葉は跳ね返されて、私はそれ以上何も言えなくなる。

そして、甲野くんはハンドルを切り、右折した車からは私の家の近所のパン屋さんが見えてきた。

民家の間に静かに構えられたその店舗は、もちろん閉まっていて、入り口にぼんやりと光る灯りだけが目に入る。

「あ、あのお店なの。あそこでいいから、甲野くんはこのまま帰って……」

「で?奈々の家はどこなんだ?」

私の言葉は無視して、私の家まで送ってくれようとする甲野くんは、思っていた以上に頑固なようだ。

「甲野くん、どうしたの?」

「それ、いい加減やめてくれ。竜也って呼んでたかと思えば甲野くんって、なんで?」

「は?」

「美散の店を出た後から、何を考えてた?」

低い声が私に問いかける。

そして車はパン屋さんを通り過ぎ、驚いた私を無視したまま、そのまま大通りへと向かった。


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