いきなり王子様
私の家からどんどん離れていく車は、迷う様子も見せず、甲野くんが向かう先はすでに決まっているように感じる。
大通りから民家が並ぶ通りへと入った時には、さすがに不安になった。
「甲野くん、どこに行くの?ここって、私の家から歩いて帰れる距離じゃないんだけど」
小さな声で聞くと、私の手の上にあった彼の手がぴくんと跳ねた。
「だから、それやめろ」
「それ?」
「甲野くんってやめろ」
「……でも」
低い声に俯くと、
「言っておくけど、俺が奈々とこうしているのは安易な気持ちからじゃないし、美散への不毛な思いからの逃げ道にしてるわけじゃない」
「で、でも」
美散さんの事を大切なオンナだとはっきりと言ったくせに、今更そう言われても。
私が竜也って呼ばないのは、これ以上彼との距離を縮めちゃだめだって思ってるからだけど、それは当然の防衛心理。
「甲野くんが美散さんを見てる顔見てたら、絶対に私は美散さんには敵わないって思ったもん。
甲野くんの事、好きになるかもって思って竜也って呼んでたけど、好きになるの、やめる。絶対に美散さん以上に私を好きになってくれるなんて思えない」
どこまでも曖昧な甲野くんの態度にしびれを切らしたのか、自分でも驚くくらいに鋭い口調で彼を責めてしまった。
そんな私の言葉に驚いたように『へえ』と一言呟いた甲野くんは、しばらく何かを考えたように黙り込むと。
「人を好きになるのを簡単にやめられるとは思わないけど。
奈々だって、もうとっくに俺の事が気になって仕方ないんじゃないの?」
余裕ありありの声は、私の事を面白がっているようにも聞こえて何も言い返せない。
それでも私の気持ちを見透かすような態度が気に入らなくて
「今なら好きになる気持ちを止めてみせる」
どうにかそれだけを言葉にした。