白き薬師とエレーナの剣
薬師の部屋へ到着してから、水月は真っ先にいずみとトトの姿を探す。
数人の薬師がそれぞれに黙々と薬を作っているだけで、二人の姿は見当たらない。
キョロキョロと見渡していると、こちらに気づいた年配の薬師が「お疲れさん、ナウム」と声をかけてきた。
「長とエレーナちゃんはまだ戻っていないぞ。そろそろ陛下の診療が終わる頃だから、そう時間はかからないハズだ」
「そっか珍しいな……ああ、そうだ。コレ――」
水月は荷袋の中を探り、細長く黒ずんだ木の皮を取り出しながら薬師へ近付く。
「頼まれていた材料、手に入れてきたぜ。店にこれだけしかなかったけど、量は足りるのか?」
「ああ、これで充分だ。取りに行ってくれてありがとうな。お前さんたちがここへ来てから、本当に助かっとるよ」
そう言うと薬師は微笑を浮かべて目尻の皺を深くする。
「朝からずっと動き続けて疲れてるだろ? 二人が戻って来たら呼んでやるから、部屋で少し休んでおけ」
彼の心遣いをこそばゆく思いながら、水月は素直に頷く。
キリルたちに囚われた時からここへ来るまで、顎でこき使われ、酷い扱いを受け続けてきた。こんな風に優しく扱われることが新鮮だった。
他の薬師たちにも頼まれていた品物を渡すと、水月は自分たちの部屋へ行き、机の上のランプに火を灯してから静かに扉を閉める。
ようやく気を緩めることができると、肩を脱力させながら床に荷袋を置いた後に背伸びをする。
そして古しい椅子に座って机と向き合うと、引き出しから紙と鉛筆を取り出した。
(さて、いずみが戻ってくるまで情報を整理しておくか)
水月は紙を机の上に広げると、先が丸まった鉛筆を滑らかに滑らせ、ジェラルドについて分かったことを書き綴っていく。
ジェラルドがまだ王位に就いていなかった頃、強さと賢さと優しさを兼ね備えた王子だと国中で噂されていた。
そんなジェラルドが王になったのは十四歳の頃。若すぎる王だと心配する声もあったが、当時は誰からも立派な王になるだろうと期待されていた。
数年ほどは皆の期待に応えて善政を続け、他国から招いた妃に対しても気遣いを見せていた。
子供に恵まれたのは十六歳の時から。第一子のイヴァン王子を授かった後、立て続けに子供が三人生まれており、民はバルディグの安泰を信じて疑わなかった。
しかし、末子が生まれた二五歳の頃からジェラルドの様子がおかしくなっていく。
段々と気分の浮き沈みが激しくなり、些細なことでも怒るようになった。
臣下の苦言にも耳を貸さなくなり、政は先王の時代から宰相を勤めているペルトーシャに丸投げするようになった。
賢王から狂王へと変わり果ててしまったのは、末子が生まれてから二年ほど経過してからだった。
起きている間は気まぐれに城内の人間を斬り付けたり、小さな失態を犯した者たちを戦わせ、流れる血を好んで見ていた。
一時期は毎日のように血が流れたが、三十歳になる頃から体の動きが鈍くなり、自ら剣を持つ機会は少なくなる。
その代わり、体が弱っていくことに危機感を持ったのか、次第に不老不死に固執するようになっていった。
それから八年の月日が流れて、今に至る。
ひと通り書き終えて、水月は頬杖をつきながら紙面を眺める。
(ここまで違うと、いっそ別人と入れ替わったって言われたほうが腑に落ちそうだな。……まあ、別人だって疑う人間はいないみたいだし、そんな噂すら聞かねぇから、可能性はほぼ皆無だろうけど)
もし今のジェラルドが別人だとすると、人が変わったように振る舞えば、疑う人間を増やして正体が暴かれる危険性が高くなる。できる限り相違がないように演じたほうが無難だ。
おそらくジェラルドに何かがあって激変したのだろう。
転機は末子が生まれた辺りになるが、新たな家族の誕生がジェラルドを変えた原因だとは考えられない。
誰も知らない所であった出来事で人が変わってしまったのか。
それとも、いずみが訝しんでいるように、毒を盛られたのか。
かなり情報を集めたつもりだったが、確証を得るためにはまだまだ足らなかった。