白き薬師とエレーナの剣
 少しずつでも改善の兆しが見られるなら、このままを続けたほうが良い気もする。
 だが、治療の期間が長くなる分だけ、気付かれる危険性も高くなる。

 どちらを選ぶべきなのだろうかと、水月が腕を組んで悩んでいると、

「陛下のお体の改善に繋がるならば、是非やってもらおうか」

 唐突に扉のほうからキリルの声が聞こえて、水月といずみはそちらを振り向く。
 気配もなくキリルが現れるのは、もう日常茶飯事になっていた。おかげで大分慣れてしまって、いきなり現れてもあまり驚かなくなっていた。

 それにジェラルドの診察へ行く時は、必ずキリルがいずみの護衛についている。だから完全に気配を感じられなくても近くにいることは分かっていた。

 水月は両肘を太腿に置き、無機質なキリルの瞳に視線を合わせた。

「あんまり動き過ぎると、目立って正体がバレやすくなるぜ。それでも良いのかよ?」

「娘の代理でトトに台所の者たちへ指示を出してもらう。もし気付かれても始末されるのはトトだけで済む話だ。問題ない」

 キリルにさらりと非情なことを言われて、いずみの顔から血の気が引いている。
 誰だって、いつも世話になっている人間があっさり捨て駒扱いをされてしまえば、いい気分にはならない。

 水月も頭ではトトよりもいずみの方が大事だと割り切っていても、反発を覚えてしまう。
 しかし回りくどく言われて誤魔化されるよりは、包み隠さずに言ってもらえた方がありがたい。

 ムッとなりながらも水月が反論せずにいると、キリルは懐中時計を取り出し、蓋を開けて時を読む。
 そしてパチンと蓋を閉じると同時に踵を返した。

「今から陛下にお伝えしてくる。娘、話が決まり次第、すぐ取り掛かれるよう準備しておけ」

 いずみの返事を聞かずして、キリルは一切の音を立てずに部屋を出て行く。

 何度か目を瞬かせてから、いずみの目が潤み始めた。

「どうしよう、トトおじいちゃんが……」

 泣かせたくない一心で、水月は慌てて口を開く。

「だ、大丈夫だと思うぜ。今じーさんが居なくなったら、キリルたちも色々と都合が悪くなるからな。最悪の状況にならないよう、全力でじーさんも守ってくれる。オレもそうならないように動く。だから心配するな」

 キリルはいずみという存在を隠すためにうってつけの人間を、安易に見捨てることはしない。利用価値がなくならない限りは、その価値を最大限に引き出そうとする。

 そんな確信を持っていることを自覚して、水月は心の中で苦笑する。

(憎くて仕方がないヤツなのに信用してんのか、オレは――)

 潤みが消えて落ち着いていくいずみを見ながら、ぼんやりとそう考えていた。
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