点零
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彼は大学を卒業するとき
大学院に進学するかを
考えていた。
彼は国立大学で数学を専攻していたが、
数学は、大学院で学ぶものではなく、
自分の研究としての
数学であった。
彼としては、働くことを
18の時に出来なかったことが、
何よりも痛手で、
もはや就職活動には
興味もなかった、
だからと言って
収入がなくては何もできないことも
苦労した一人暮らしから
学んではいた、
彼の働く、そのレストランは
それなりに賑わっていて、
厨房の仕事も
彼にはようやく慣れたばかりだったので、
彼はそこに残り、
フリーターとしての生活を
続けることにした。
しかし卒業してから
彼は、新卒で就活をしなかったことに、
相当、後悔した。
彼は今や、数学どころではなく、
1日1日の生活がやっとだった。
彼にとって、
数学を研究出来ないことは、
何よりも耐え難いものであり、
それから、彼は、
何よりも、
数学のことを捨てることが
大人になると
そういう誰もが通る、
なにかを捨てて生きていく
人生に入った。
彼は、せめてこの生活が、
少しでも楽になるために、
夜の仕事を掛け持ちすることにした。
彼はこの街で生きていくには、
親の支援なしに生きていくには、
仕事を増やすほかなかった。
夜の仕事とは、
キャバクラのボーイであるが、
彼は、別に
キャバ嬢に興味もなく、
たんたんと仕事を覚えた。
彼には、
大金を使うお客さんが、
まるで
何のためにそれほどまでに
通ってくるのかが
わからなかった。
彼には、
捨てた数学に
少しでも似たような何かを
勉強するために、
彼には
そんな淡い願望と、
二つの仕事の給料の
算段と、
それと
最近始めた、インターネット
での囲碁だけが、
生活だった。
緻密な彼は、
独学であるのに、
囲碁の上達も早く、
インターネット対局だけで、
もはや半年で
初段にまで辿りついた。
彼には、
数学以外は
すべて遊びであった。
けれども、
囲碁の上達は
彼に、
碁会所に
足を運ばせる
機会を与えるという、
新しい趣味を
もたらした。
彼は、国立大学を卒業しながら、
それでも
フリーターとして
一応人並みの収入を得るものとなったのだが、
彼には、
もはや
囲碁くらいしか
息抜きがないという所まで、
追い詰められていた、
それでもまだ、
若い、
22歳だった。
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