艶めきの標本箱
「どうしたんだ、その傷。」
彼が絞り出すように言った。
その唇は微かに震えていた。
太股に走る大きな傷痕。
誰もが目を逸らすようなケロイド状の膨らみは、濁った痛々しい色をしている。
彼がスケッチブックを捲って、新しい頁に線を走らせ始める。
こうしてまた描くことが出来るようになった右手で、私を写し取っていく。
彼の眼で。
彼の手で。
線が生まれる。
それは私の脚を描いているのか。
それとも全身なのか。
躰だけでなく心まで、なのかもしれない。
たまに手を止めて手首に触れている様子を感じて、彼の右手が痛んだりしていないかと心配になる。
時折肌を撫でる風を感じながら窓の外を眺めていたら、涙が頬を伝った。
「私ね、来月結婚するの。」
独り言のように呟く。
貴女の支えになりたいと言ってくれた人。
同情なんかじゃなく、愛しているんだと、一度も視線を外すことなく見つめていてくれたあの人。
私とあの人は加害者と被害者ではなく、これから共に人生を歩む者となることを、事故からこれまでの長い時間の中で見つけたのだ。