ショコラ SideStory

注文票にサインしてもらって、出て行く彼女を見つめる。
名前は稲垣律子(いながき りつこ)さん。連絡先は携帯番号だった。
すっと伸びた綺麗な字を書くから、幼少期にはきっと習字でもやっていたのだろう。

「逆プロポーズだなんてやるなぁ」

でも。
その相手は誰だろう。

一瞬頭のなかで宗司さんが浮かんで、ぶんぶんと頭を振って打ち消す。

流石にそれはないだろう。
宗司さんにはあたしという彼女が居るんだし。
プロポーズするからにはきっと付き合っている人がいるんだわ。


 店内のお客様のお皿を下げる時に何気なく外を見ると、先ほどの稲垣さんが階段の下で寒そうに見を縮めながら佇んでいるのが見えた。

直に小学生の授業が終わり、女の子が勢い良く駆け出してきて彼女に飛びついた。

あれがきっと娘ちゃんだな。

その後他の生徒達も降りてきて、最後に生徒を見送るために出てきた宗司さんが彼女を見つけて会釈する。

稲垣さんは嬉しそうに笑うと、彼のそばに寄って何やら色々話し始めた。


何あれ。
無駄にいい雰囲気。


思わず動きが止まってしまったあたしを責めるように、後ろを通り過ぎるマサが背中をポンと叩く。


「詩子、仕事中」

「……知ってるわよ」


知ってても、動けなくなる時もあるみたいよ。

おかしいな。
あたしとしたことが、なんでこんなふうに二人が気になって仕方ないの?



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