ONLOOKER Ⅳ

CHAPTER:Ⅰ



 ※※※


「竹田先生……」

誰かが、ぽつりと呟いた。
竹田樹(たけだいつき)というのが、倒れている彼の名前だ。
この私立悠綺高等学校で数学を教えている教師で、まだ三十歳前という若さだった。

だった、というのはつまり、今はそうではないということでもある。
くすん、と、今度は誰かが鼻を鳴らす。
篠宮ナツがふとそちらを見ると、井上ヨリコが、壁を支えにしてなんとか立ち上がったところだった。

「救急車呼んだ方が……! うちの病院なら、すぐ受け入れてくれるはず」
「先輩、」

ヨリコの隣で呆然と立ち尽くしていた柿沢コウキがはっとしたように言うが、佐藤マサトがすぐに、低い声を出した。
誰かが声を発する度に、怯えたように凍る空気。
それを無理矢理砕くかのように、マサトが温度のない声色で言う。

「無理だよ。もう」

なにが無理なのか。言うまでもなく、誰もがわかった。
竹田樹は、もう死んでいる、ということだ。



< 13 / 138 >

この作品をシェア

pagetop