ワケあり!
 中等部の制服を着た男の子だ。

 その子が、絹をママと叫んで――しかも、飛び付いてくるではないか。

 両手を軽くホールドアップさせながら、彼女は抱きつかれたまま、状況を把握しようとした。

 中等部とは言え、背は平均的な絹と同じくらい。

 そんな年令や図体で、「ママ」なんて、よく叫べるものだ。

「り、了!」

 しかし、焦って動き出したのは、絹ではなく将だった。

 彼女から、その男の子を引き剥がそうとする。

 ああ。

 そこで、気付いた。

 こいつが将の弟だ、と。

「こら、離れろ!」

 絹の腰に回した手と、乱暴に弟の肩にかけた手で、ようやく二人は引き離された。

 これでやっと、弟くんの顔が拝める。

 絹は、小首を傾げながら、了を見た。

 真っ赤になった必死な顔。

 写真では、もう少しあどけなさがあったが、いま興奮しているせいか、その面影がなりをひそめている。

 将よりも線が細く、華奢な感じがした。

 髪も、茶けて天パがかっている。

 可愛い担当、甘えっ子か。

「よく見ろ…似てるけど、違うだろ。絹さんは、母さんじゃない!」

 再び飛び付きそうな弟に、将が強い言葉を投げる。

 まだ、彼の手は絹の腰に回っていて、半ば抱き寄せられている感じだ。

 弟の相手に忙しく、気付いていないようだが。

 しかし、気になる言葉だ。

 絹が、誰に似ている、と?

「ごめんね、絹さん…了、母親を写真でしか知らないから」

 いつの間にか、絹さん、だし。

 そんな将の呼び方よりも。

 はっはーん。

 やっと、絹はボスがしかけた事が、何だったかに気付いた。

 道理で昨日、将がこの餌に食い付いたわけである。

 絹の顔のモデルは――彼らの母親だったのだ。
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