ワケあり!
「ごめんなさい…」

 中等部二年――広井 了。

 ようやく落ち着いたのか、別の意味で赤くなりながら、彼は小さくなっていた。

 部室の端。

 入部のあいさつどころではないまま、絹は広井ブラザーズに挟まれていたのだ。

 今頃、自宅ではボスが、モニターを見ながら鼻血でも出しているかもしれない。

 いきなり、了に抱きつかれた上に、いま両手に華なのだから。

 絹の顔を母親に似せて作って正解だと、ほくそ笑んでいる方かもしれなかったが。

 ただ、変なサプライズを作るのは、やめて欲しい。

 平和で馬鹿な仕事だから、黙って抱きつかせたが、絹は体術の訓練も受けているのだ。

 反射的に投げ飛ばしていたら、どうするつもりなのか。

 まだ、お嬢様稼業は、つけ焼き刄だ。

 ボロを出しては、ボスの計画もおじゃんなのに。

「許してやってよ、絹さん」

 将にまで頭を下げられて、絹は随分自分が黙り込んでいることに気付いた。

「驚いただけです…大丈夫、怒ってなんかいませんよ」

 にこっ。

 絹は、優しく了の手を取った。

 ママが忘れられない可愛い子には、暖かいスキンシップを。

「き、絹さん…」

 涙目で、感激したみたいな弟くん。

 ああ。

 心に、かすかによぎる感覚。

 ああ――いじめたい。

 この顔が、彼らに関わるためだけに作られたものだと知ったら、どれほど傷つくだろう。

 絹は、傷つきはしない。

 顔は利用できそうだが、愛着などこれっぽっちもないのだから。

 暗い欲望が、胸の中で生まれる。

 ただの仕事だと思っていたこれに、予想外のやり甲斐が見いだせそうだった。

 絹は、ただ彼らに優しくすればいい。

 もし万が一、ボスの計画が破綻して、バレるようなことがあったら。

 優しくした分だけ、彼らの心は奈落へと落ちるだろう。

 にっこり。

 ますます微笑みを浮かべた。

「いつまで握ってんだ」

 いつの間にが、了の手が積極的に握り締めているのに気付き――将の鋭い一発が、弟の頭に入った。

 手が離される。

 さっきのぬくもりを、忘れないでね。

 絹は、少しうっとりしながら、そう思った。
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