ワケあり!
「やっ、絹ちゃん」

 部活に行く時、不吉な呼ばれ方をした。

 この学校で、彼女を「ちゃん」づけで呼ぶのは。

 わ・た・べ・さ・ま・だ・け。

 正直、足を止めたくはなかった。

「将くん、先に行ってて」

 同行している、彼だけはここから引き剥がさなければならない。

 余計なことを聞かれないようにと、余計な手出しをかけられないように、だ。

「待ってるよ」

 しかし、この場面で言うことを聞かない将。

 その気持ちを、少しは抜け駆けの方に使え、とツッこみたくなる。

「そんなに慌てて、広井を離さなくてもいいじゃないか…ねぇ、絹ちゃん」

 甘い笑顔と、耳障りに感じる声が近づいてくる。

「何の御用ですか?」

 森村いわく、彼が自分に関わってくるのは、一過性のものだと言っていた。

 早く興味をなくしてほしいものだ。

「今日の体育…サボったでしょー。悪い子だなぁ」

 アーメン。

 絹は、クリスチャンでも何でもない。

 しかし、この瞬間、心で十字を切っていた。

 将も聞いているし、胸のマイクもしっかり聞いているはずだ。

 そして、あの密会を――おそらく、渡部に知られている。

「何のことでしょう…おっしゃってる意味が、よく分かりませんが」

 絹は、完全にシラを切った。

 渡部と森村は違うクラスなので、さぼった事をリアルタイムでは、知らなかったはずだ。

 後から情報が入ってきたとしても、それは森村から直接ではないだろう。

「いいんだよー…そんなとぼけなくても。先生に言ったりしないからさ」

 小ばかにした言葉。

「でもさ…」

 もう一歩、絹の方へ近づく。

「アレは、僕のオモチャだからさ…ちょっかい出さないでくれる?」

 歪んだ――声。

「どうせ…壊れたら捨てるんでしょう?」

 甘さの消えた声のほうが、よほど絹は対応出来る。

 それに、渡部はニヤリと笑った。

「いやいや…壊れるならとっくに壊れてるよ…あいつ、超合金並みに頑丈でね」

 絹も、にこりとした。

 森村の心が、とっくに狂気に壊れていることを――この男は知らないのだ。
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