ワケあり!
「絹さんも、アキさんと行くの?」

 絹と将の間を割ったのは、了だった。

 ドアの陰から、ひょいと顔を出している。

「僕、アキさんのバックアップ頼まれてるんだ…エンタメ部の問題児に、一人応援頼んだから、絶対うまくやるよ」

 大丈夫、まかせて。

 ポパイのように、力こぶを見せる腕をしたが、細っこい腕があるだけだ。

 アキが何を頼んだかは知らないが、会社の人間を一人引っ張り出すほどなら、本格的なことなのだろう。

「気をつけてね…」

 ほんの少し。

 了は、声を低めた。

 いつもの、跳ね上がるテンションの声じゃない。

 本当に、気をつけて欲しいと願う声。

 アキが何をするのか、大体聞くだけでも、荒っぽいことだと分かる。

 それに絹が同行するというのに、気をつけて、と言えるのだ。

 止めるではなく、いってらっしゃいと。

 アキの、信頼度の高さのおかげか。

「ええ」

 了の容認の言葉があるうちに、絹は将の脇をすり抜けた。

 気をつけて、と言えない次男坊に、何か言われる前にアキと合流したかったのだ。

「絹さん!」

 でも、それは無理。

 ぼーっと見送る男ではなかった。

 でも、今度は腕をつかまれたりはしない。

「絹さん…ちゃんと帰っておいでよ!」

 彼女の、首筋に刺さる言葉。

 荒事だが、絹に死ぬ気はなかった。

 少なくとも、ボスを助けて、決着をつけるまでは。

 だが。

 終わった後に、自分の人生が『高坂絹』のままであるかどうかなんて、分かるはずもなかった。

 そういう意味で、帰れるかどうか分からないなんて──言えやしない。

 ああ、そうだ。

 この荒事のどさくさにまぎれて、高坂絹は死んだことにも出来る。

 ボスへの提案事項の一つとして、絹はそれをピンで脳裏に留めた。

 だから、ただ将に振り返って、こう言った。

「いってきます」
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