ワケあり!
 階下に降りたら、玄関先に京とチョウがいた。

 チョウは、携帯を顎に挟んで電話中。

 京は、電話を切ったところだった。

「島村さんとこに行ってくるが、お前もく…こねぇな、そのカッコじゃ」

 携帯をポケットにねじこみながら、京は一瞬にして絹の姿を上から下まで舐めた。

「私は、アキさんと行きます」

 絹は、深くつっこまれるより先に、顎を巡らせて彼女を探す動きをした。

「アキさん…って」

 京が、ちらっと電話中の父親を見る。

 チョウが、斜め向こうを向いたのを確認した京は。

 信じられないことをした。

 絹に向かって、拳を振り出したのだ。

 顔面めがけて。

 絹は。

 動かなかった。

 本気でぶつける気がないのは、感じていた。

 鼻面の、少し手前でそれがぴたっと止まったかと思うと、父親が視線を戻す前に、すぐに引っ込める。

「動けなかったのか? それとも…動かなかったのか?」

 この男は、どこまで絹の猫をひっぱがそうというのか。

 既に、今の状態で猫はほとんど残ってはいないが、それでも今後のことを──ああ。

 絹は、自嘲した。

 まだ自分は、今後のことを考えているのか、と。

 だが。

「……!」

 絹が答えるより先に、電話を切ったチョウのパンチが、京の脳天に炸裂した。

「女性に手を上げるような子に育てた覚えは…」

「ちょっ…本気じゃねぇ」

「お前は、早く島村さんとこに行ってこい」

 革靴が。

 長男の尻に、足型をつける。

 ま、さ、に、蹴り出す、だ。

 チョウは、上着のポケットへと携帯をしまう。

「私は、渡部建設のところへ行ってくるよ…織田の仲間をやめてもらいに、ね」

 まあるいディスクをひらひらさせて──チョウも出て行く。

 あの中身は、さしづめ渡部家の弱みになるようなものなのか。

 昨日今日、集めたのではないだろうそれ。

 ずっと、仇討ちの口実を待っていたのだろうか。

「お待たせしました」

 チョウの背中を見送っている絹は、肩をたたかれた。

 袴姿のアキが、いた。
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