ワケあり!
「いま帰りましたー」

 肩をコキコキ鳴らしながら、絹は自宅へと戻った。

 帰りのお迎えは、助手君だ。

 送り迎えが行われるのは、今日だけ、ということになっている。

 歩いて通えない距離ではないし、金持ち学校だからこそ、歩いて通う意味もあるのだ――それはまた、別の話。

「やぁ、お帰り」

 眼鏡の奥の瞳を、キラキラさせながら、ボスが出迎えてくれる。

「広井将と接触しました」

 カバンをそこらに放り投げながら、絹はボスに報告を入れる。

「あぁ、分かってるよ…一部始終見ていたからね、よくやった」

 言われて、ああ、と思い出す。

 制服の胸ポケットに、ペン型の超小型カメラが設置されていたのだ。

 落ちないように、ポケットにひっかけるフック部に、マイクと共に仕込んである。

 学校にいる間の絹には、プライバシーなどないのだ。

 一応、自分の意思で切ることは可能である。

 女子トイレの中まで、見せるわけにはいかないのだから。

「でもボス…あの男、えらく食いつきがよかったですが…何か仕込みました?」

 制服のジャケットを脱ぎ、居間のソファに投げかける。

「さ、さぁ…知らないなぁ」

 問いかけに、眼鏡の中年男はあらぬ方を見た。

 年は40前。

 自宅でも常にネクタイを締め、上に白衣を羽織っている。

 理系が服を着て歩くと、きっとこんな感じだろう。

「隠し事もいいですけど…仕事に障るようなことは、早めに教えといてくださいよ」

 面倒くさいから。

 目の端で、助手も白衣に着替え始めていた。

 この家に住むのは、三人。

 ボスである眼鏡が――高坂 巧。

 事実上の、絹の保護者になる。

 そこの二十代後半の、やや根暗そうな黒い服ばかりを着る助手が――島村。

 名前は知らない。

 どんなに黒いカラスな服装をしたとしても、最後にはいつも白衣を着るのが台無しな感じだ。

 そして、高坂 絹。

 ぶっちゃけて言えば、ボスの指示で動く――下っ端だった。
< 5 / 337 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop