ワケあり!
「こら、君…授業中に、何をしている」

 しま、った。

 絹は、ゴミ箱から手を離し、ぱっと立ち上がる。

 まだ、全部終わっていないというのに、教師に見つかってしまったのだ。

「す、すみません、大事なものをなくして」

 汚れてしまった手を、絹は後ろへ隠した。

「いくら大事なものでも、ゴミ箱に手を突っ込むなど…しかも、授業をさぼって!」

 ああ、だめだ。

 聞く耳を持たない教師の前で、絹は絶望感を味わった。

「とにかく、職員室へ…」

 そう、促されそうになった時。

「おい…これか?」

 角を曲がった京が、現われるではないか。

 手には――万年筆。

「あ…」

 あ、あ、あ!

 絹の、唇は大きく震えた。

 それは間違いなく、絹の大事な万年筆だ。

「広井くん! 君もか!」

 二人の間の空気を読まず、教師は名指しで京に近づく。

「ほい」

 しかし、教師など眼中にも入れずに、絹に万年筆を渡そうとするのだ。

 彼の手や、シャツの袖口は汚れたまま。

 京も、本当にゴミ箱を漁ってくれたのだ。

 人一倍、プライドが高そうなのに。

「あ、ありがとう…ありがとう京さん」

 絹の手も汚れていたが、しっかりとそれを握り締める。

 ああ、よかった、と。

「分かってますよ、先生。説教でしょ?」

 頭から湯気を出しそうな教師に、京が首をすくめる。

「手を洗ったら行きますんで、先に行っててください」

 彼が、両手を開いて汚れっぷりを見せると、教師はうっと顔をしかめる。

「洗ったら、すぐに来なさい!」

 逃げるように、彼は職員室へ向かった。

「さて」

 それを見送った京が、じっと絹に視線を送る。

「あ、あの…」

 もっと彼に、お礼を言おうと思ったら。

「手ぇ洗って……とっとと逃げるぞ」

 彼は、まったく教師に従順ではない男だった。
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