ワケあり!
「違いますよ」

 絹は、できうる限り、穏やかで――そして、少し含みを持たせた言葉でいった。

 この含みというのは、宮野に向けたものではない。

 否定される、京に向けたものだ。

 すっぱり否定すると、京を不機嫌にさせたり、寝た子を起こす可能性だってあった。

 だから、微笑みながら、穏やかにかわすのである。

 その後、やや苦笑ぎみに京を見ておく。

 さあこの含みを、どうか存分に頭の中でいいように自己解釈してくれ、と。

「えー京兄ぃと付き合ったら、絹さん絶対いじめられるから、やめたほうがいいよー」

 了に服を引っ張られ、彼女は苦笑を笑みへと変化させてしまう。

 末っ子だけに、そのいじめとやらの言葉が、具体的な響きに聞こえたのだ。

「どんな風にいじめられるの?」

 絹が、了の方を向き直ると。

「えっとね! デコピン!」

 了の主張に、ますますおかしくなる。

「私も、一回されたわ」

 万年筆を捜している時。

「えーあれ痛いでしょー」

 了にしたのとは違うようで、全然痛くはなかったが。

「兄さん、絹さんにまでデコピンしたの?」

 将が、やっとしゃべる隙間を見つけたように、絡んできた。

 このまま呆然と、ブルー王子になっていても、いいことは何もないと気づいたのか。

「ちゃんと、手ぇ抜いたろ」

 京も、どのことか覚えていたらしく、彼女を軽く睨む。

 変なことを言うな、ということか。

「そうね…痛くなかったわ」

 彼を援護すると、了がブーブー抗議を始める。

 ずるいずるい、と。

「お…この景色は」

 チョウが、後方の喧騒など知らぬ様子で、そう言った。

 後ろの連中も、思わず窓の外を見る。

「懐かしいな、巧…もうすぐあの丘だ」

 隣席の、ボスに目を細めながら、彼は語りかける。

「ああ…このまま坂を上ったら…すぐそこだ」

 ボスは、自分の言葉をかみ締めていた。

 あの高校時代と、そして今の気持ちがひしめいているのだろうか。

 絹は、じっとボスを見てしまった。
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