なみだのほし−Earth Tear Chlonicle−


閉じた扉を前に、ディニは動けないままでいた。
−守れない。擦り抜けていく。この何もない掌で、どんなに掴もうとしても。

「…ディニ。」

弱々しい声が背後から呼んだ。
無言で振り返り、病人の枕辺に立ち返る。−ここが自分の居場所。例え救えなくても、最後までこの場所だけは動けない。

「…僕は…間違ってた。ユマがレネを呼んで欲しいって言ったとき。−あなたの側にいるべきだった。ここで力を尽くして、レネを待つことが出来た…」

薬士失格だ。
最期にレネに会いたいと望んだユマは、本当に今にも消えてしまいそうだった。だから、レネを探しに行った。だけどそれは間違いだ。

「レネの気持ちを…優先してしまった…」

自分を殺し、ひたすらに命に向き合う。それがディニの父の教えだ。
その、1番大事なことを忘れ、自分に大切な、子の気持ちを優先した。

うつむく彼のきつく握られた拳に、冷たいものが触れた。

「…いいの。あたしの命数はもう尽きた。あの子は、あたしの元にいてはいけないの。−それが分かっていて、あたしはまだあの子といたいと思ってしまった。あなたは、そのわがままを叶えてくれた。…だから。」
ディニの手に触れたユマの指が、漂うように宙に上がり、天井近くの小さな祭壇を指した。

「…裏にある、箱を取って。」

ディニは、言われるまま祭壇に手を掛けた。神体の四方架に捧げられた花を掻き分けると、小さな木箱が現れた。

「開けて。」

ディニが枕元までに持っていくと、ユマは天井を見つめたまま言った。

古い木箱には、見知らぬ文字が刻まれている。昔は美しく飾られていたのか、宝石の台らしき痕が無数にある。
−蓋は簡単に開いた。

「…これは…?」
「…あなたに、それを預けたいの。」

布張りの箱の内に在ったのは、重厚な、古びた腕輪だった。

鈍い金に光る、装飾も何も無いそれを見て、ディニははっとした。

「…!……これが…?」

ユマはうなずいた。
再びディニを見つめ、弱い息で最期に言った。



「…それを、レネに。そして、あの子の秘密を伝えて…。」



−うなずくと同時に、ディニの頬に涙が滑った。
彼女はもう帰ってこない。

大切な人の大切な人を、とうとう守れなかった。
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