“愛してる”の、その先に。

「あの…早川さん」


「んー?」


食器を洗っていると、村井が遠慮がちに話しかけてきた。



「なに?どうしたの」


私は洗い終え、タオルで手を拭きながら振り返る。




「あの…昨日、その…

廣瀬部長と……」



そのまま言葉が途切れる。




「やっ、やっぱなんでもないです」



「気になる?私と廣瀬さんのこと」



私の言葉に、村井が顔を上げた。


目が合うと、村井はまた、切なそうな表情で私を見ていた。




「…多分、村井が思ってる通りよ。


私と廣瀬さんは、ただの上司と部下じゃなかった。


……世にいう、“不倫関係”ってやつ」




私はわざと明るく言ってみせた。



「軽蔑したでしょ?

“上司と不倫してる先輩”なんて、嫌よね誰でも」


「そんなこと…」



「良いの、ムリしなくて。

良いことだとは私も思ってないもの。


……でもね、その時はそれが、“悪いこと”だとも思ってなかったの。

…最低よね」




廣瀬さんが結婚してると知りながら、関係を続けてきたことは事実。


だけど私にとっては、そんな関係がちょうど良かった。



“家族”でも、“恋人”でもない。


縛ったり縛り付けられたり、余計な独占欲もなければ、

“裏切り”も“離別”もない。


だって最初からそこには何もなくて、


相手には、何も期待していないのだから。


ただ身体を重ね合わせ、快楽によって互いを満たす。


そんな関係が心地良かった。





「…私ね、この歳になっても、愛とかよく分からないのよね。

誰かと恋に落ちて、いずれは結婚して、幸せな家庭を築いて…

そうなりたいと思うのが普通なのかもしれないけれど、私はよく分からない。


だって、“永遠の愛”なんて幻想でしょう?

そんなものを求めたって仕方ないじゃない。

だって、初めから存在しないんだから」



村井が言葉を挟む前に、私は続けた。



「“愛してる”って言葉も、よくわからない。

だから何なの?
その先には何があるの?

あるとしたら、“終わり”しかないじゃない」






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