“愛してる”の、その先に。
彼女は小さな果物ナイフを手に、私に襲いかかった。
幸い通りかかった人に止められ、私はシャツの上から切られるかすり傷で済んだ。
だけど確実に、ナイフは私の心臓を狙っていた。
……怖かった。
あんなにもはっきりと憎悪を向けられたのは初めてで、
怖くて私は、その場から逃げることもできなかった。
「……バカよね、私も。
そうなって初めて、自分のしてきたことの愚かさを知ったの。
自分のしていることが誰かを傷付けるとか、誰かを不幸にするとか、ちゃんと考えたことなんてなかった。
私はただ自分が傷付きたくなくて、周りのことなんて考えない、自分勝手な人間なのよ」
彼女は私に襲いかかった所を取り抑えられ、その腕を突き放すとその場から立ち去った。
警察に通報するかと聞かれたけれど、私は首を横に振った。
私が廣瀬さんに別れを告げたのは、
その翌週のことだった。
「…この傷を見せたら、きっと廣瀬さんは何としても責任を取ろうとする。
だからその前に、私は彼ともう会わないと決めた。
…この傷は、私への罰だと思ってる。
一生背負って生きていけと、神様が与えた罰なんだって」
別れたらそれで良いという問題でもないのは分かっている。
本当は私が、奥様に頭を下げて謝るべきなのかもしれない。
“被害者“は決して、私ではない。
「…いっそ、私なんか殺されれば良かったのよ」
時間が経てば経つほど、そう思うようになった。
…傷は残る。
痛みは消えても跡となる。
一生、癒えることなんてない。
もしかしたら、
人は誰しもそんな傷を抱えて、生きているものなのかもしれない。