私の好きな人は駐在さん
メニューとの暫くの睨み合いの末、私は結局最後まで1つに絞れなかった。完全なる敗北である。
私は、ウニソースのパスタと、魚介ゴロゴロトマトパスタと、ミートソースパスタで迷っていた。
「まだ決まらないの?」
とっくに何を頼むか決めた由紀が若干痺れを切らしながら私に問うた。
「ごめんごめん……あまりにもどれもが美味しそうすぎて……」
申し訳なさげに、私はぎこちない笑みを浮かべた。
「それならさ、お店の人にオススメを聞くとかどうよ?」
と、由紀が若干得意げに提案した。
「ん、それがいい!」
私は迷わず由紀の提案にのった。
由紀は、すみません、とちょうど近くにいたボーイさんに小さく声をかけた。
ボーイは、横の席のテーブルクロスのズレを直すと、こちらにさっと出向き、お待たせいたしました。と軽く一礼した。
由紀が、
「シェフ特製魚介の冷製パスタ、を1つ。」
と言って、メニューボードをパタン、と閉じた。
「えっ、えーっと……あの、オススメ、とかってございますか??」
私はおずおずと、ボーイさんに尋ねてみた。
「こちらのミートパスタは、お召し上がりになったことはございますか?」
ボーイは、柔らかな表情で逆に私に問うた。
「いえ、今回初めてお伺いいたしましたので、ありません。」
「では、こちらのミートソースパスタなど如何でしょう?当店がオープンした時からずっとあるメニューの一つでして、シェフの思い入れの強い一品なのでございます。」
「では、それを1つ。おねがいします。」
私は、その話を聞いて迷わずそう答えた。
「かしこまりました。しばらくお待ちくださいませ。」
そういって、清々しいほどの角度を描いた礼をして、ボーイは厨房につながっているのであろう、奥の部屋へ引っ込んでいった。
「そうそう、ここのミートソースパスタは有名なのよ。思い出したわ。私も初めて来た時に頼んで食べたわ、そう言えば。本当に、美味しいのよ。覚悟しといたほうがいい。」
と、いたずらに笑って、由紀が言った。
「うん!楽しみっ。」
私はパスタが早く食べたくて今注文したばかりなのに、喉から手が出そうなほどの思いを抱いた。
私は、気分紛らわせに、周りに漂っているパスタの香を胸いっぱいに、鼻から吸い込んだ。