私の好きな人は駐在さん


「今日は、ごちそうさまでした。」
由紀は、チリンチリン、とドアを後ろ手に閉めながら、私に言った。

「いえいえ、めでたい日ですから、当然ですよ。苦しゅうない、苦しゅうない。」
そういって、私は笑った。

今日は、私の奢りである。
こんなめでたく、そして幸せな夜に、奢らないなんて、どんなに風情を解さない人間だろうか。そんなことを思いながら、私は満腹になったお腹をゆっくりさすった。

「でも、雑誌の方は、無収穫だったね。ごめんね。」
由紀は、呟いた。

「ううん!そんなの気にしないで!むしろ、こんな素敵なお店、教えてくれてありがとう!こんないいとこ紹介しちゃったら、私達、もあこれなくなっちゃうし!ここは私達の穴場スポットだよ。誰にも教えない!」
そういって顔を見合せて私たちは笑った。

私自身本心からこの店を人に教えるのは惜しいと思える程の美味しさ、そして店の良い雰囲気を感じていた。
しかし、一応取材をよければさせて欲しいという旨を、お店の方に伝えたところ、直々にシェフが出てきて対応してくださり、申し訳ないが、取材はオープンし当時から断っており、昔からのお客様を大切にしつつこの穏やかな雰囲気を守ってきている、とのお話だった。
私は、編集者としては、残念な話だったはずなのに、私的な感情としては、こんなお店を私達の隠れ家として守れたことに嬉しさと安堵を感じたのだった。


「結婚式、ちゃんときてね。ブーケはかおるに渡すってもうきめてんだから。」
明るいネオンに顔を染められた由紀が言った。
二人で横に並び、ゆっくりと入り組んだ路地を元来た方へ歩いた。

「勿論!2人の幸せを祝うと共に、私もそれをお裾分けさせていただきます!」
と笑った。

「かおるは、良い人、見つかった?好きな人、とかでもさ。」
その由紀の言葉に、私は不意に、ドキッとした。思わず立ち止まりそうになった。

「ううん、いないよ……」

「そっか……早く良い人、見つかるといいね。でも、焦らないで、ゆっくりでいいよ。」
そういって、私の背中をポン、と叩いた。

「うん、ありがと。」
と、由紀の方を見て、私は、笑った。

それからしばらく歩いて、駅に着き、互いに帰途が別々の方向だったので、そこで、じゃあね、と別れた。

1人になって、電車に揺られながら、思った。

好きな人、か。


その時、私の脳裏には、一人の男の人が浮かんでいた。

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