私の好きな人は駐在さん




中を覗くと、ちょうど見えるところに、あの警察官が座って、何やら机に目を落としていた。左手にペン、机には書面が。何かを書いているらしかった。
伏し目がちな目が何だか控えめで、露が蔦って落ちても十分に映えるような美しい睫。ちょっと、前につきだした、小さな口。遠くからでも、はっきりと分かった。いや、多少は私の脚色が含まれているのかもしれないが。
私は、それを見届け、何だかあったかいきもちを胸に満タンに湛えながら、帰ってきたのだ。
ただ、それだけ。それだけのために、そこに出向いたのだ。
どうやら私は、あの晩は酔って、家の方向など関係なく、手当り次第に歩き回ったらしく、その交番は、会社から家への帰り道にある、などという所でもなかった。

なぜ、私は、そんな行動に出たのかーー
いくら、考えても、私は、そこに行きたかったから。という答え以外、ここ数日思いつかなかったのだ。

彼の優しげな顔を天井に投影しながら、ゆっくり胸の中の空気を吐き出した。

この不可解な行動。そして、この悶々とした感情。これが、世に言う恋だろうか?
私は今まで恋愛なんてしたことない、なんていううぶな乙女ではない。人並みに恋愛経験があったつもりだが、今回のような感じは初めてなのだ。
相手をよく知らない。なのに、何だか胸がきゅっ、と疼く。
そして、彼を一目見た時の満たされた感情。大きな波の揺り籠に包まれたようなーーこれは、今まで付き合ってきた彼氏に抱いたことのない壮大な感情だった。
だから、これは、恋、ではなくて、上手く表現できないが、ペットなどに感じる愛情?愛着?
でも、なぜそんなものをあの人に抱く?ますます疑問だ。

あー、ほら。考え出すと、こうなっちゃう。だから目を背けてきた。
もう考えるのはよそうーー
ソファーにおいてあったクッションを手に取り、顔を埋めた。





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