私の好きな人は駐在さん

ちりんちりんと、耳になじんだ入口の音が響く。
まるで、いらっしゃい、とでも言わんばかりに。

あれ以来、この由紀ご用達のイタリアンは私たち二人の憩いの場であり、隠れ家のように
入り浸るようになっていた。
店にあるメニューも、いつも一通り眺めて、何か新しい味に挑戦してみようと思うんだけれど、いつも、ピザか、お店イチオシのミートスパゲティを注文してしまう。
優柔不断だから決めるのが大変というのと、単純に何度も食べたくなるくらい飽きぬ美味しさだというのと、やっぱりこの年になると無意識に冒険心や探究心より保守的になるという傾向が日常生活にも出てくるようだ。

いつものように、注文を終え、店内に漂う美味しそうな香りを感じていると、

「で、どうしたの?話って。仕事の話ではないでしょ?」
由紀は、グラスに入った氷をカラカラと鳴らしながら言った。

「ん。仕事じゃなくって…ね…。」
なんだかはっきりとは言い出せず、下を向いてしまった。

「ふーん、ま、あれか。なんか、良い人でも出来たか?」
ちらっと白い歯を見せていたずらっぽく問うた。
さすが、由紀だ。私のことは何でもお見通しみたい。

「うん、実はね…。」


「そっか。でも、それは、私にもわからないことだね。それは、かおるだけが知ってて、正しい答えが答えられる問題だよ?でもね、それは焦って答えを求めなくてもいいよ。ゆっくり、自分と向き合って、出せばいい答えだよ。出そうとしなくても、いつか、自然とわかることだから。ね?」

昨日まであったこと、自分が思っている胸の内、すべてを話し終えた私に、由紀はゆっくりとこう言った。その言葉は、シンプルなものだったけれど、驚くほどすんなりと、今まで水を与えられていなかった土に水がじゅっと浸透していくかのごとく、素早く、そして心地よく、私の中に吸収されていった。

「そうだよね、うん……ゆっくり、考えてみる。」
私は、ゆっくり頷いた。

「でもね、思うんだけど、そうやって悩む時点で、少し、やっぱり気になっているというか…特別な人になりかけてるんじゃない?」

その由紀の一言に顔にかっと血が上ったのが分かった。

「ほら、そうやって、顔を赤らめたり、急に臆病になったり。いいじゃない、可愛いよ、かおる。」

「やだ、からかわないでよ!!!」
私はあまりの恥ずかしさに顔を覆った。
「今まで、そんなこと、とんとなかったし、今後もないと思ってたからさ、自分で自分がわからないというか、自分が一番驚いてる、っていうか…。」

「いいじゃない。それで、いいのよ。でも、一つ助言するとしたらね、もっとかおりは自分に自信を持った方がいいわ。謙虚さも必要だし、そこがあなたのいいところだけど、あまりそうかたくなになりすぎるのも考え物よ。幸せも逃しちゃうかもしれない。私はかおるのこと応援してるから。また、いつでも話して?ね?女はいつだって、何歳だって、乙女なのよ。可愛い女の子なのよ。」

目の前に運ばれてきたミートスパゲティーから、なんともいえないいい香りとあたたかい湯気が私を誘惑する。

「さ!食べよう!!お腹すいちゃった!!」
そういって、由紀はフォークを手にとって、目の前のカルボナーラにとりかかった。

「ありがと。」

私は小さくつぶやいて、同じく、スパゲティーの山にフォークをくぐらせた。



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