ビロードの口づけ
 五年前の黒い獣は、野心のかけらもない不抜けた奴だった。
 物心ついた頃から、ある程度の能力があり見た目が獣王に似ていたので、獣王の子だと噂されていた。

 本当のところは誰が誰の子かなんて、獣たちには分かっていない。
 生まれて間もなく母親から引き離され、子どもだけの集団で育てられるからだ。

 乳離れするまでは乳母役の女たちが子どもに乳を与える。
 人間と違い繁殖期が決まっているので、子どももほぼ同時に生まれた。

 子どもを産んだ女たちが乳母役になるが、自分の子を優遇する事はない。
 この時からすでに限られた乳を巡って弱肉強食は始まっている。
 乳にありつけない弱い子どもは死ぬしかない。

 獣の女は一度に複数の子を産む。
 そのため子どもの集団には似たもの同士がいるものだが、黒い獣は他の誰とも似ていなかった。
 それがまた、獣王が人の女に産ませた子ではないかとの憶測を呼んでいた。

 実際の所は分からない。
 前回の約束の日から八十年は経過していたし、獣王の元に人の女はいなかった。
 ただ獣王だけが人の女と交わる事が許されていた。

 乳離れした子どもは、知識も技能も体力も自分自身で獲得するしかない。
 大人たちは貪欲に欲する者に、より多くを与える。
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