ビロードの口づけ
 黒い獣は成長した後、獣王の城で働いていた。
 そこそこの能力があったので生活力もある。
 そのため女にも不自由していなかった。

 権力には興味がない。
 獣王の側近だの、今以上に上を目指す事に意味を見いだせなかった。

 一方、同時期に生まれたザキは野心の塊だった。
 体力と筋力は他の者より突出していて変身能力もあり人語も解する。
 能力的にはそれなりに優秀だが、直情的で気が荒い。

 獣王の近衛として働いていた事もあるが、乱暴が原因で解雇された。
 貪欲なまでに権力を欲し、いずれは獣王になると言ってはばからない。
 だが、その性格が災いして賛同者はほとんどいなかった。

 その日ザキは荒れていた。

 何日か前に極上の甘い香りに誘われて人の領地に侵入したところ、出会い頭に強烈な香水を鼻先に吹き付けられたらしい。

 獣は五感の中で嗅覚を一番頼りにしている。

 思い切り吸い込んでしまったようで、人の姿で酒をあおりながら「未だに酒の味もわからねぇ!」と管を巻いていた。
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