Raindrop
その日も夜から『fermata』のカウンターの隅で大人しくジャズを聴いていた僕の前に、ひらひらと手が振られた。

「おーい、和音ぇ~? なんか今日ぼーっとしてね?」

そう声をかけてくるのは、ここに来ると当たり前のようにいる響也だ。

響也はまだ店では曲を弾かせてもらえないけれど、勉強のためだとかで僕と同じようにいつも隅の方でジャズを聴いていた。

毎日ここにいるのか、と訊ねれば、金曜と土曜だけだ、と答えた。

平日はお父さんと話し合いだそうだ。

ずっと説得を続けているけれど、まだジャズの道へ行くことは許して貰えないらしい。

それでも諦めない、見習いたいくらいの根気強さを持つ響也に、視線だけをやる。

「……そうかな」

自分でもやる気のない返事だな、と思う弱い声は、店内に流れる『フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン』にかき消された。

『fermata』では、マスターたちの他に日替わりで別のバンドが演奏に来ているのだけれど、今日の演奏者は女性ボーカリストのいるバンドだった。

客層も若い人が多く、みんなマイクを通して聴こえてくる艶のある声に酔っている。

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