クランベールに行ってきます

6.眠り姫の目覚め



 ロイドの鼓動が聞こえる。規則正しく、穏やかに。優しく頭を撫でる、サラサラという音も耳元で響く。それ以上に、自分の鼓動がうるさく聞こえているような気がしてならなかった。
 気持ちが落ち着いてくると、自分からしがみついた手前、離れる機会を完全に逸していた。
 おまけにロイドの腕の中は、暖かくて心地よくて、離れがたくもあった。
 結衣が機会を窺って悶々としていると、ロイドが頭を撫でる手を止め、静かに問いかけた。

「落ち着いたか?」
「うん……」

 ロイドの声をきっかけに、結衣は俯いたまま、ゆっくりと身体を離した。取り乱してしまった事と、泣きはらした顔を見られるのが照れくさくて、ロイドの顔をまともに見ることができなかった。

「戻ろう」

 そう言ってロイドが通路に足を向けた時、結衣は思い出して地面にしゃがみ込んだ。

「待って、ロイドが……」
「オレが?」

 怪訝な表情で振り返るロイドに、結衣は両手の平に乗せた小鳥を差し出した。
 地面に叩きつけられた小鳥は、そのまま動かなくなっていた。
 小鳥を受け取って眺め回すロイドを見上げて、結衣は再び涙ぐむ。

「この子、私の命令を聞かなかったの。どうして?」
「どんな状況だった?」

 結衣が先ほどの状況を説明すると、ロイドが理由を教えてくれた。

「絶対命令のせいだ」
「人を傷つけてはいけないっていう、あれ?」
「あぁ。同時に人が危険な目に合っているのを見過ごしてもならない。こいつは、おまえが襲われていると判断したんだろう。だが、相手が人間だから傷つけるわけにはいかない。せいぜい邪魔するくらいしかできなかったというわけだ」
「直せる?」

 結衣が上目遣いに見つめると、ロイドは口の端を上げて、額を叩いた。

「誰に向かって言っている。オレが作ったんだ。メモリがやられてなけりゃ、元通りになる」
「よかったぁ」

 結衣が安堵の息をつくと、ロイドは少し目を細め、小鳥を白衣のポケットに収めた。そして思い出したように、反対側のポケットを探ると、掴んだ物を結衣に差し出した。

「おまえ、これが何かわかるか?」

 ロイドの手の平の上には、明らかに携帯電話と思われる物が乗っていた。

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