クランベールに行ってきます
なんとなく予感はしたので、恐る恐る振り返ると、ロイドさんがものすごい形相でぼくを睨みつけていた。
「何をやっている」
「えーと、ユイさんがケガをしたので、絆創膏を貼ろうと……」
ぼくは苦笑してありのままを伝える。
決してロイドさんの目を盗んで、ユイさんの手を握っていたわけではない。ぼくの職業、知っているだろうに。
「本当よ。ローザンは、さぼってたわけじゃないから」
ユイさんの援護は的を外している。ロイドさんが怒ってるのは、そこじゃないから。
ロイドさんはもう一度ぼくを睨んだ後、ぼくの手からユイさんの手をもぎ取った。
「かせ! こんなもの舐めときゃ治る」
言ったが早いか、ロイドさんはユイさんの指を自分の口にくわえた。
「舐めないでよ! っていうか吸ってるし!」
ユイさんは困惑した表情で、ぼくとロイドさんを交互に見つめながら、みるみる顔を赤くする。
ぼくがよっぽど呆れた顔をしていたからか、恥ずかしさが極限に達したらしく、ユイさんはロイドさんの腕を叩いて、自分の手を奪い返した。
「もう! 何考えてんのよ! ローザンが呆れてるでしょ? あなた吸血鬼?」
怒鳴るユイさんにロイドさんは平然と言う。
「吸った方が、早く血が止まるぞ」
そんな話は聞いた事がない。ぼくは思わずため息をついた。
「ロイドさん、口の中は雑菌だらけなんですよ」
「え?!」
派手に驚きの声を上げたのは、ユイさんの方だった。ロイドさんは憮然として、ぼくを見つめている。
ユイさんの不安そうな表情がおもしろくて、つい意地悪をしたくなった。
「知ってますか? キスで約二億個の細菌が行き来するんですよ」
「二億?!」
案の定ユイさんは、驚愕の表情でぼくを見た後、一歩退いてロイドさんを不安げに凝視した。
ロイドさんは不愉快そうに眉間にしわを寄せると、ぼくとユイさんの額を次々に叩いた。
「ひとの事をバイ菌扱いするな。常在菌(じょうざいきん)の事ならオレも知っている。それがいるから人は健康を保っていられるんだろう」
「え?」