クランベールに行ってきます


 大きくため息をつく結衣の額を再び叩いて、ロイドは力説を続ける。

「第一、オレはおまえを殿下だと思った事もない。たとえ百万人の殿下のクローンの中に、おまえが紛れ込んでいても、オレは見分ける自信がある」

 こちらこそ、どこからそんな途方もない自信が湧いて出るのか、訊いてみたい。
 そう思いながら、ふとロイドの言葉が心に引っかかった。

「ねぇ、どうして王子様のクローンを、元々用意してなかったの? クランベールの科学技術ならクローンなんて簡単に作れるでしょ?」

 結衣が尋ねると、ロイドは逆に問い返してきた。

「ニッポンには、人間のクローンがいるのか?」
「いないと思う。日本だけじゃなくて、世界中のどこにも。牛や羊の動物実験が成功したって話は、聞いた事あるけど」

 ロイドはひとつ嘆息すると、結衣の質問に答えた。

「クランベールにも、ヒトのクローンはいない。前陛下の勅命により、二十五年前に禁止されている」
「二十五年前にはいたの? その人、今は?」

 何の気なしに尋ねた後で、気付いた。二十五年前にロイドは五歳前後だ。さすがに学者ではなかっただろう。クローンの所在など知るはずがない。
 バカな事を訊いたものだと思っていると、

「オレも陛下に伺った話だが」

と前置きして、ロイドはクローンについて話し始めた。

 二十五年前、まだ王子だった国王は、度々熱を出しては寝込む事の多い、病弱な少年だった。
 公式行事への欠席も頻繁で、次期国王がこれでは、国民に不安を抱かせかねないと、国王を始め、大臣たちも頭をかかえていた。

 その頃、科学技術局では、ヒトのクローニング技術が確立され、被験者同意の下での不妊治療の一環として、ヒトクローンの成功が報告されていた。
 培養液の中での、生体急速成長技術も確立されている。

 王室は極秘裡に、病弱な王子のクローン作成を科学技術局に要請した。せめて公式行事に参列する、王子の身代わりが欲しかったのだ。
 母胎を使わないヒトクローンの作成という初の試みに、科学技術局のバイオ科学者たちは沸き返った。

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