雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜
「……クックック、童子、お前は本当に面白い。このわたくしを黙らせた人間など、久方ぶりじゃ……じゃが」

「ぐっ!」

 突然天照が声をあげた。
 振り返り様、月夜の瞳に彼の襲いかかる姿が飛び込んでくる。
 とっさに身を引いたその胸元を白刃が一閃した。

「天照……様?」

 信じられない光景に目を見開くが、天照の凍りついた表情にハッとする。
 彼の目は、血まみれになってなお自分を襲ってくる、操られた月読と同じ色をしていた。
 続いて繰り出される攻撃に、持っていた護り刀で応戦するが、仕掛けられる速度がだんだんと増して、実践になれない月夜は次第に圧されていく。

「……天照様! お気を確かに……っ」

 月夜の頬に赤く線が描かれる。
 天照の表情に嘲笑が浮かんだ。
 ぶつかり合う金属音が突然途切れ、月夜の手から刀が弾かれる。
 振り上げられた凶刃に戦慄した。

「……っ……」

 鈍い音が響いた。
 唐突に身体が重くなりその場に崩れ落ちる。
 風に紛れて、血の匂いがした。
 瞬時に固く閉じていたまぶたを、月夜はそっと見開いた。

「……天照様」

 自分の上に、頭から血を流した天照が倒れ込んでいた。
 見上げれば、蒼白なイシャナの顔がこちらを茫然と見下ろしている。
 その手から、赤く染まったこぶし大の石が転がった。

「すんまへん……俺、夢中で……殺すつもりはなかったんです」

「落ち着けイシャナ……天照様は生きてらっしゃる。息をしている。だが、生きていればまた起き上がる」

 あの月読がそうであったように――。

「なぜです、帝釈天! 私を殺せば神は目覚めないのではないのですか?」

「童子……残念じゃが鍵として必要なのは、お前の魂のみ……どれだけ肉体が傷つこうと、関係ないのじゃ」

 帝釈天は高らかに笑い声をあげた。


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