雪月繚乱〜少年博士と醜悪な魔物〜

魔物の生贄

「ただの人間ならば、お前も苦しまずわたくしに従えたものを。しかし肉体という枷もまた、わたくしには好都合――」

 帝釈天の身体が雷光を纏った瞬間、激しい落雷が目の前に立ち尽くすイシャナを襲った。

「ぐああっ!」

「イシャナーーーっ!」

 落雷の衝撃で、一瞬にして辺りが白く染まる。
 焼きついた視界が少しずつ視力を取り戻し、ようやく状況が見えはじめた月夜は、うずくまるイシャナに駆け寄った。

「イシャナ!」

 動かない彼の顔を覗きこむと、その表情は恐怖に引き攣っていた。
 身体がぶるぶると震えだし、息が乱れる。
 月夜にも、イシャナに起きている異変が感じられた。

「は……離れて、下さい。俺……俺は……っ」

「しっかりしろ、イシャナ! お前はナーガの王だろう? こんなところで己を見失うな……お前は国のために、呪いを断ち切るためにここにいるのだろう!」

 震える肩を揺さぶる月夜に、イシャナは弱々しく微笑んだ。

「はは……月夜……様はホンマ……一生懸命……けど、すんまへん……俺……多分、限界……うあ、ああっ!」

「イシャナっ!」

 みるみるうちに、イシャナの身体が膨れていく。
 筋肉が異常な速度で増殖し、手足がメキメキと音をたてる。
 その口からは、耐えず気が狂いそうな悲鳴が漏れた。

「そんな……イシャナ……イシャナ! だめだ、魔物になどなっては……お前は……」

「うあっ、グォ……ぐ……つき……さま。逃げ……るんや! はよ……にげ……ぐはっ」

 月夜はゆるゆると首を振りながら、変わり果てていくイシャナを見上げた。
 かすみゆく意識の片隅で、必死に魔物の本能に抗う彼を、助けたくてもその術がわからず立ち尽くす。


< 147 / 221 >

この作品をシェア

pagetop